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ディオールの歴史

クリスチャン・ディオール(Christian Dior)は1905年、フランス生まれ。

芸術家を志していたクリスチャン・ディオールのファッションデザイナーとしての誕生は意外に遅く、1946年40歳を迎えたときのこと。
大学卒業後に始めた画廊経営はアメリカ大恐慌のため閉鎖。そんな失意のどん底にいたディオールが出会ったのが、コットン王のマルセル・ブサックでした。 マルセル・ブサックをスポンサーに、パリ・モンテニュー通り30番地に「クリスチャン・ディオール・オートクチュール・メゾン」をオープンさせました。 ディオールのラッキーモチーフである星は、ディオールがプサックに会いに行く途中に、道に落ちていた星の形をしていた馬車の部品につまずき、それを拾ってポケットに入れたままメゾン設立の夢を語ったことから、星はディオールのラッキーモチーフになったと言われています。

そして翌年に初めてのコレクション「コロール(花冠)ライン」を発表。
ゆったりなだらかな肩に細く絞ったウエスト、美しくシェイプされた豊かな胸、ペチコートで膨らませた曲線を強調したくるぶしまであるロングスカートなどを考案し衝撃的なデビューを飾りました。 後に雑誌「ハーパース・バザー」の編集長カーメル・スノウが「ニュールック」と命名。以来、Aライン、Yライン、Hライン、チューリップラインなど新しい手法を次々と生み出しつづけ、「モードの王」として君臨しました。

ファッション界にデビューした翌年、香水の分野にも進出。それまでの濃厚な香りではなく、斬新なフレッシュフローラルブーケの香水ミスディオール」を発表。50年以上たっても色あせないモダンな香りは今でも人気があります。 1966年に香水部門の「パルファン・クリスチャン・ディオール」がモエ・ヘネシー社に買収され、スキンケアやメイクアップなどのコスメティックにまで展開を広げます。

絶頂期にあった1957年に、クリスチャン・ディオールは52歳の若さで心臓発作のため亡くなり、彼の右腕として活躍していた若干21歳のイヴ・サンローランが継承することになりました。その翌年の 1958年のコレクションでは、「トラペーズ・ライン」を発表しますが、60年にアルジェリア戦争(1954-62)に召集され、マルク・ボアンがデザイナーに就任。 それからもデザイナーを変えながら作品を発表していたディオールですが、少しずつ衰退し始めて、1984年、ついに買収されることに。1988年には、世界最大のブランド複合企業「LVMH(モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン)」による買収の結果、現在はLVMHファミリーに属しています。

その後、マルク・ボアンからジャンフランコ・フェレへと引き継がれていきました。
クリスチャン・ディオールの死後、多くのデザイナーがブランドを引き継ぎましたが、1996年から現ジョン・ガリアーノがデザイナーが就任することで、再びモード界を牽引する力を得て行きました。 ガリアーノがデザインするディオールはドラマティック、フェミニン、そしてとてもロマンティックなものでした。 2000年のコレクションのラインでは、ディオールロゴのショート丈ライダースやスカーフ柄のスカート、馬具をアレンジしたセミショルダーなど、乗馬やフェンシング風のイメージにガリアーノのアレンジが光る作品を発表。

「シャネル」がファッションによって女性を開放したのと対照的に、「ディオール」は女性を美しく見せる事だけを考えてデザインしたと言われています。 衝撃的なデビューから現在に至るまで、幸福を謳歌する世界中の女性たちをとりこにし続けているディオール。
そして創始者の精神は、ジョン・ガリアーノがデザイナーに就任した今も変わらず、なおしっかりと受け継がれている

ディオールの歴史年表

1946年…クリスチャン・ディオールがパリで「クリスチャン・ディオール・オートクチュール・メゾン」を創業

1947年…デビューコレクションでコロル・ラインを発表し大絶賛を受ける

1948年…パルファン・クリスチャン・ディオールを設立。ジグザグ・ライン 発表

1950年…ヴァーティカル・ライン発表

1951年…オーバル・ライン発表

1952年…シニュアス・ライン発表

1953年…チューリップ・ライン発表

1954年…Hライン発表

1955年…Aライン・ Yライン発表

1957年…創業者クリスチャン・ディオール急逝。イヴ・サンローランがデザイナー就任

1960年…マルク・ボアンがデザイナー就任

1968年…モエ・ヘネシー社がパルファン・クリスチャン・ディオールを買収

1985年…ベルナール・アルノーがディオール社の社長に就任

1988年…LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)がディオール社を買収

1989年…ジャンフランコ・フェレがデザイナー就任

1997年…ジョン・ガリアーノがデザイナー就任

1999年…ヴィクトワール・ド・カステラーヌがジュエリー部門のデザイナーに就任

2001年…エディ・スリマンがディオールオムのデザイナーに就任

2003年…クリスチャン・ディオール表参道店がオープン

ディオール・オム diorHomme

2001-2002A/Wのパリコレクションからクリスチャン・ディオールのメンズウェアラインとして発足。
イヴ・サンローランでメンズウェアラインのデザイナーを担当していたエディ・スリマンがブランド立上げのデザイナーを担当しました。
「男たちにもっと洗練され、もっと魅力的なものになって欲しい」と語るデザイナーのスリマンは、色彩は黒が基調、レザータキシード、細身のジャケットを中心とした非常にタイトなシルエットの作品を発表しました。
細身のデニム、スキニージーンズも人気を博した。そのスタイルは多くのデザイナーに影響を与え、一つのトレンドを生み出すことになり、 ディオールオムのコレクションは世界中から喝采を浴び、日本でも多くの雑誌に取り上げられ、多くの芸能人がディオールオムを着て大人気となっていきました。

2004年…初のメンズウォッチ「シフル・ルージュ」を発表。
2007年…スリマンは輝かしい功績を残し、惜しまれつつも、ディオールオムのデザイナーを辞任。
2007年…ディオールオムのアートディレクターにクリス・ヴァン・アッシュが就任。

クリス・ヴァン・アッシュはディオールの立上げ当時、スリマンのアシスタントをしており、自身のブランドの設立の2004年の9月までディオールオムに在籍した経験を持つ。 アッシュの手がけるディオールオムは2008S/Sからスタート。アッシュのディオールオムはスリマンのデザインとは異なるもので、ロックテイストよりのモードから一転して、エレガントでクラシカルなイメージを打ち出した。 「基本に戻った新しいエレガントなスタイル」とアッシュは表現している。

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